東京高等裁判所 昭和38年(ラ)283号 決定
以上に述べたところによれば、本件建物につき前記競売開始決定による差押の効力の生じた当時は債務者平野武光がこれを占有していたが、抗告人両名はその後において右債務者の占有を承継したものというべきところ、抗告人らは民事訴訟法第六八七条の規定によりいわゆる不動産の引渡命令を発し得るのは債務者に対してのみに限られ、抗告人らのような第三者に対してはこれをなし得ない旨主張する。
しかし、右の規定は、競落人に対しできる限り完全な状態で競売の目的物を取得させ、ひいては競売価額を適正に維持するために設けられたものと解されるのであり、本件におけるように債務者の占有中の不動産を差押え競売に付した場合には、そのままその不動産の占有を競落人に取得させることが右規定の期するところであると考えられ、このことは差押の効力の生じた後債務者がその占有を移転することによつて左右されるべきものとは考え難い。もしそうでないとすれば、競売手続中における債務者の処分のために、簡易な手続により迅速に目的不動産の引渡を受け得るとの競落の期待は容易に裏切られることとなり、ひいては競売価額の低落を招くことも考えられるのであつて、かように競売手続中、債務者の恣意によつて競売の実効が損われることを容認することは制度の趣旨にそわないものと考えられるからである。かような点に思を致し、なお差押の効力の生じた後に債務者のなした目的物の処分はこれをもつて競落人に対抗できないものであることを考えれば、民事訴訟法第六八七条に「債務者」とあるのは債務者がこれを占有している通常の場合についての立言にとどまるもので、目的不動産につき差押の効力の生じた後に債務者からその占有を承継した者についても右規定を類推し、これに対してもいわゆる引渡命令を発し得ると解するのが相当である。
もつとも前記の規定は、権利の強制的実現には判決手続に基く債務名義を必要とするという原則に対する例外にあたると考えられるのであるから、これを拡張解釈するについては慎重でなければならず、たとえば執行開始前からこれを占有する第三者についてこれを及ぼすが如きことはその利益を不当に害するおそれがあり、また右規定の本来予定するところを超えるものと考えられるけれども、差押後における債務者の処分に基いてこれを占有するに至つた第三者は差押の効力によりその占有権原をもつて競落人に対抗できないものであり、その本権のいかんを問わず競落後はその占有を奪われることが予定されているといえるのであつて、その利益の保護につき前者と異るところがあつて然るべきものと考えられる。また競落人が果たして目的不動産の引渡請求権を有するかどうかの判断について考えても、前者においては占有の本権たる権利関係及びこれを競落人に対抗できるかどうかについて審理を要するのに対し、後者においてはその占有の始期が差押の効力を生じた後かどうかというような競売手続に付随して比較的容易に調査し得る事項に限られるのであるから、かような判断をすることが競売裁判所の職責を超えるものともいい難い。従つて後者について民事訴訟法第六八七条を類推適用することに格別の不都合は考えられないのである。
以上に述べたとおり、民事訴訟法第六八七条の規定は競売開始決定が差押の効力を生じた後に債務者から目的不動産の占有を承継した者についても類推適用さるべきものと解されるのであつて、このことは所論のように競売手続に長期間を要したかどうかによつて異るところはないというべきである。
(中西 室伏 安岡)